土浦日大の小菅監督の経歴は町役場職員から教員へ!指導実績がヤバイ!?

小菅監督
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2023年夏の甲子園で、初のベスト4進出を決めた茨城県代表の土浦日大高等学校に注目が集まっています。

土浦日大高等学校の野球部監督の小菅監督は、高校時代に甲子園に出場し、

優勝を成し遂げた経歴がある監督です。

さらに意外な経歴と指導実績をもつ土浦日大の小菅監督についてまとめました。

目次

土浦日大の小菅監督のプロフィール

小菅監督2

名前:小菅勲 (こすげ いさお)
生年月日:1966年生まれ
出身地:茨城県常総市
出身高校:茨城県立取手第二高等学校
出身大学:法政大学

土浦日大の小菅監督の経歴

土浦日大の小菅勲監督の経歴をまとめました。

甲子園優勝の選手時代

土浦日大の小菅勲監督は、高校時代、取手第二高等学校に進学しています。

野球部に所属し、9番3塁手として活躍。

名将・木内監督の指導の下、甲子園出場を成し遂げていました。

さらに、桑田真澄投手と清原和博選手率いるPL学園を下し、甲子園で優勝を成し遂げたのでした。

甲子園優勝

町役場公務員

高校卒業後は、法政大学に進学し野球部で活動をしていたようですが、

甲子園優勝を経験し、燃え尽きたのか、『野球はもういい。』と、

大学卒業後は、茨城県の伊奈町(現在のつくばみらい市)の町役場の職員となった小菅勲監督。

町役場のソフトボール大会に出場し、野球で勝利した時の喜びを味わった小菅勲監督は、

再び野球へと携わる道を選ぶのでした。

県立高校教員へ

当時、常総学院の監督に就任していた木内監督から声がかかり、

木内監督の元でコーチをしながら教員免許の取得を目指したのでした。

小菅監督経歴2

1992年、26歳のとき、教員免許を取得。
1993年、27歳のとき、茨城県立伊奈高校への赴任。念願の野球部監督に就任。
2000年に、茨城県立下妻二高に異動。
2016年3月、茨城県立下妻二高において退職。
2016年4月、私立土浦日大高等学校に赴任。

『もう野球はいい』と燃えついていた大学時代から、

町役場職員を経て、高校の教員になった小菅勲監督の情熱を感じます。

土浦日大の野球部監督になるための条件

2016年に、私立土浦日大高等学校に赴任した小菅勲監督。

オファーがあったときは、ワクワクしたと言っていました。

しかし、私立の野球部監督は専任の監督です。

小菅勲監督は、専任監督を断ったのでした。

私はもともと公立高校の教員なので担任もやりますし、部活動も学校生活の一環です。

だからオファーをいただいたとき『専任監督は嫌です』と言いました。

日刊ゲンダイDIGITALより引用

部活動だけではなく、普段の生活の生徒の様子も大切にしている先生だと伝わります。

学校の様子を見ないで部活動だけというのはできないと。そうしたら『学校の方も見てくれ』と言っていただきました」

日刊ゲンダイDIGITALより引用

私立土浦日大高校は、スポーツや学業の面でも活躍をする茨城県内では有名な高校です。

その高校がなぜ、県立高校の小菅勲監督にオファーをしたのでしょう。

理事長の野球部を立て直したいという切実な想いがあったようです。

野球部を立て直すために

  1. ぬるま湯体質を変えてほしい
  2. ノルマではないが、31年ぶりの甲子園へぜひ導いてほしい

私立高校が、公立高校の教員に、野球部立て直しのオファーをするとは、驚きでしたが、

小菅勲監督は、指導者として、素晴らし実績があったことがわかりました。

土浦日大の小菅監督の指導実績

小菅勲監督の素晴らしい指導実績を高校赴任順に、まとめていきます。

県立伊奈高等学校

26歳で教員免許を取得し、

1993年27歳で、県立伊奈高等学校に赴任した小菅勲監督。

野球部監督に就任しました。

1996年に、県立伊奈高等学校は夏の茨城大会で準優勝に輝きました。

準々決勝で、常総学院を下し、決勝に勝ち進みました。

この時の常総学院の監督は、恩師の木内監督でした。

県立下妻第二高等学校

2000年に、県立下妻第二高等学校へ赴任。

2004年に、夏の甲子園出場を果たしました。県立下妻第二高等学校としては初出場です。

小菅監督

2009年に、県立下妻第二高等学校春の選抜出場。

私立土浦日大高校

2016年に、私立土浦日大高校に赴任。

2017年に、夏の甲子園に31年ぶりに出場(土浦日大31年ぶり3回目の出場)

2018年に、2年連続夏の甲子園出場(土浦日大4度目の出場)

2023年に、夏の甲子園出場(土浦日大5度目の出場)

赴任した翌年には、甲子園出場を果たしていた小菅勲監督。

2年連続甲子園に出場するも、初戦敗退だった土浦日大。

2023年はベスト4進出と勢いが止まりません。

監督としても、甲子園優勝を経験できるのか、土浦日大の活躍が楽しみです。

土浦日大の小菅監督の指導方法

2023年夏の甲子園では、坊主ではない髪型の高校に注目が集まっています。

2016年に、土浦日大高校の野球部の監督に就任した際に小菅勲監督は、

「髪型は校則の範囲内で自由でよい」と提案をしたといいます。

自由にさせる発想も小菅勲監督が木内幸男監督から受け継いできたことの一つだといいます。

31年間甲子園出場を成し遂げられなかった土浦日大高等学校を、

就任わずか1年で甲子園へ導いた小菅勲監督。

インタビューでは、次のように答えていました。

31年も逃しているということは、どこか間違っているからじゃないかと。現場で誰よりも選手を見てきた自分の感覚を信じていた

日刊ゲンダイDIGITALより引用

自分の感覚を信じ続ける小菅勲監督率いる土浦日大の今後の活躍に注目です。

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